4月15日の夕方から始まる宮島の桃花祭(とうかさい)の舞楽(ぶがく)を見に行ってきました。
桃花祭は、桃の花を厳島神社の御祭神にお供えする祭典ですが、始まりは室町時代と伝えられています。
桃花祭の神事が行われた後、引き続いて厳島神社高舞台にて舞楽が奉納されます。
桃花祭神事と舞楽は15日の夕方から始まり、午後9時30分頃まで続けられます。
その後、16日からは3日間に渡り厳島神社の能舞台にて「神能(しんのう)」が行われます。
桃花祭神事は、厳島神社において午後5時から祭典が始まり、午後6時30分頃から高舞台で舞楽が全部で11曲奉奏されました。
15日の桃花祭神事は見ることが出来なかったのですが、引き続いて午後6時30分頃から行われた舞楽の舞を見ることが出来ました。
舞楽の途中で「桃李花(とうりか)」といわれる曲が奏楽され、宮司の方が紅白の桃の花を厳島神社本社神前に献花されました。
なお舞楽の発祥は、インドや中央アジアの地とされており、舞楽が日本に伝えられたのは奈良時代と言われています。


上記の4人の方が舞われておられるのは、「萬歳楽(まんざいらく)」と呼ばれている舞楽です。
唐の聖王の治世に鳳凰が飛来し、聖王萬歳と唱えるといわれ、その声を楽に写し、その姿を舞にしたと伝えられているものです。
舞楽が厳島に伝えられたのは平安時代の末期頃で、平清盛によって京の都からもたらされたと言われています。
厳島神社の社殿には高舞台や左右には楽房があり、今日まで絶えることなく、「舞人」「楽人」と呼ばれる厳島神社の神職の方たちによって継承されています。
現在厳島神社で舞われている舞曲は19曲ほどありますが、今日の桃花祭ではその内の11曲が奉奏される予定になっていますが、私が見たのは9曲となります。

上記の舞楽は「延喜楽(えんぎらく)」という舞曲名になります。
醍醐天皇の延喜8年(908年)に作られたもので、年号の延喜を舞曲名にしたといわれています。
藤原忠房が曲名を、式部卿敦実親王(しきぶのきょうあつざねしんのう)が舞の振り付けをしたと伝えられています。
舞楽の曲の中で、日本で作られた数少ない曲の一つです。

上記の二人の方が舞われているのは、「一曲(いっきょく)」と呼ばれる舞曲です。
左右から楽器を持った舞人が「鳥向楽(ちょうこうらく)」の伴奏で同時に舞うもので、道楽(みちがく)で行列中に舞ったものと言われています。

上記は、「蘇利古(そりこ)」といわれる舞曲で、応神天皇の時代に酒造りをしていた百済からの帰化人が舞ったと伝えられています。
酒造りの祭に竈(かまど)と井戸を清める姿を舞にしたものといわれています。


上記は「散手(さんじゅ)」という舞楽曲の舞楽になります。
釈迦の生まれた時に作られたと伝えられる勇壮な武将の舞といわれています。

上記は、「貴徳(きとく)」という名の舞曲で舞われたもので、渤海地方から伝えられた曲とされ、漢の時代に帝王に降伏した貴徳と呼ばれた武将の勇姿を模した舞といわれています。

上記は、「蘭陵王(らんりょうおう)」又は「陵王(りょうおう)」と呼ばれている舞曲になります。
中国六朝時代の陵王の武勲を称えた勇壮な姿を模して舞にしたと伝えられている舞楽です。
厳島神社の舞楽の奉奏でもよく舞われている舞曲で、ポスターなどにもよく使われています。
「蘭陵王」で9曲目くらいだったと思いますが、全部で11曲舞われることになっています。
「蘭陵王」の舞が終わった時点で午後9時を過ぎた時間となり、フェリーの最終便も近づいていましたので宮島を離れることにしました。

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